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柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

【柚木麻子連載】「小林カツ代は剛腕の走り屋&ファイター気質だった? 強火全開調理のガーッと筑前煮」

2023.06.24

小林カツ代さんレシピ「ガーッと筑前煮」

第2回「料理=ダルいの意識が激変。強火全開! 小林カツ代のガーッと筑前煮」

第1回「コロナ禍で料理嫌いになった41歳作家が、小林カツ代さんレシピで人生変えたい件」

単調な我が家に革命が起きた。


『小林カツ代の伝説のレシピ』からの豚こまハヤシにひらひらカレー、から揚げ。レシピとくびっぴきで作り続けていると、わかることがある。短い時間でできるだけではない。数十年以上前に考案されたものとは思えないくらい、味が令和っぽいのだ。土井善晴登場以降のおいしさという感じがする。スープのもとや顆粒だしを使わないのはもちろん、水からいきなり肉じゃがを作ったり、こってりした洋風煮込みをローリエと塩胡椒だけで仕上げているなど、調味料は超ミニマム。そのせいで、素材の味や香ばしさが際立ち、「もうちょっと食べたいかも」と思わせる余白が生まれているのだ。

愛用し過ぎの一冊。カバーも外して使っている。

大阪・堀江の裕福な商家でグルメなお嬢様に育ったカツ代は常に「シュッとした」味を目指したというが、その通り、無駄がそぎ落とされた洗練された味付けばかりだ。私は昔からついあれもこれもと放り込んで、時間がかかわる割にどんくさい味になることが多いので、これは大いに学びになった(料理に限らず、トークも文章もついついくどくなることが多いが、これからはミニマムを目指そう)。

もう一つは、強火調理が多いこと。一番弟子の本田明子さんがカツ代さんの料理している背中を思い出し「それはもう、こっちが不安になるくらいすごい火の中に立ってフライパンをガンガンふっていた」とおっしゃっていたが、確かにガスコンロのつまみを全開にして一気に仕上げていくレシピが多い。火傷や焦げるのが怖くて、最初はびくびくしていたが、ごうごうの炎に素材を放り込んでいると、急に心が決まってくる。後には引けない。この瞬間に全集中して、数分後に夕食を迎えるぞ、待っとけ、と気合が入る。「おいしくなるといいなあ」じゃなくて「絶対においしくするぞ」へ意識が変わる。

たとえるなら、燃えている車に飛び乗って爆走しながら、窓から身を乗り出して敵をやっつけ任務を遂行、車が止まると同時に悪を駆逐し終え、エンドマークが出る映画、そうだ、「ワイルド・スピード」に出演しているみたいな気持ちだ。優しいお母さんのシンボルのように言われるカツ代さんだが、実際に作ってみるとよくわかる。この人はめちゃくちゃ知的にして大胆、剛腕の走り屋&ファイター気質だということが! 背後で大爆発が起きる中、鉄のフライパンを持ってこっちに飛び出してくるカツ代さんを思い浮かべても違和感がなく、ラスボスにも勝てそうだ。そもそもカツ代という名前からして「勝つ」の意味があるそうだ。昭和十二年、日中戦争勃発中に生まれた女の子だったので、さもありなむという感じだが、どういうわけか私は「トンカツ」の「カツ」とばかり思い込んでいた。なんでトンカツだと思っていたんだ?

そんなわけで火力全開調理と引き算調味は、〈料理=ダルい〉だった私の意識をあきらかに変化させた。もっとカツ代さんを知りたいと思い、本田さんにおすすめされた中原一歩さん著『小林カツ代伝 私が死んでもレシピは残る』(文春文庫)を手に取った。最初に書くが、まぎれもなく名著であり、カツ代さんを知るには最適の一冊だ。中原さんは生前のカツ代さんと仲がよかっただけあり、私が初めて知る情報もたくさん書かれていて読んで本当によかった。中学校時代、漫画家を目指していて、絵入りのファンレターを描いて手塚治虫に送ったら、「カツ代さん、漫画家にぜひなってください。あなたはなれます」という返事が来た、など「もってる」エピソードがぎっしりつまっている。しかし、正直なところ、読むのに時間がかかった。中原さんの「はじめに」でつまずいたのである。

中原さんとカツ代さんの出会いは、こんな風に始まる。当時ピースボートに勤めていた中原さんはカツ代さんに、船の上のお正月を盛り上げるために、乗客千人分の黒豆を炊いてくれるように依頼する。彼の言葉をそのまま抜くと「ギャラはなくてボランティアでお願いします」とあるのでタダ仕事なのだが、カツ代さんは面白がって了承し、大晦日の国民的人気番組の打診を断ってまで船に駆けつける。しかし、当日、船の中には二百キロの黒豆は見当たらない。船上の国籍が異なる三百人のクルーが総出で豆を探すが見つからず(中原さんの言葉を借りるなら『もはやお祭り騒ぎ』)、カツ代さんは腹を立ててキャビンに閉じこもり、助手さんは「うちのカツ代はですね、暇な人ではないんですよ。どうしてくれるのですか」と激怒。中原さんが意を決して土下座しようとしたその瞬間、黒豆が見つかる。しかし、その黒豆はすべて調理済みの「丹波産のふっくら黒豆」だった。カツ代さんは機転を利かせ、船の中にあったじゃがいもと肉で、肉じゃがを作り、乗客を喜ばせたのだった―――。


カツ代さんはこの話を気に入っていたらしく、しょっちゅう講演会で話していたらしいし、これがきっかけで中原さんと親しくなって友情を育んだのだから、目くじらをたてる件ではない。でも、私はその後、本書を二週間近く放置してしまった。他にも、最初の方に出てくる「料理の鉄人」出演時に、高い役職にあるテレビ局の男性が、主婦ではなくプロの料理家として紹介してほしいというカツ代さんの要望に難色を示し、「主婦であることは事実なのだから、主婦をバカにしているのは小林先生ではありませんか」とファンを人質にとるような胸糞発言をするエピソードに思いっきり引いたせいもある。


ここは正直なところを書こうと思う。


え、タダで頼んだんだから、材料はちゃんと用意してほしいし、船に乗った段階でまず自分の目で確認してもいいんじゃないかな――?  あと土下座をしようとするのが、すごく気になる。土下座って自動的に「させた方」が悪いということになるから、本人はよくても、カツ代さんの評判にとってはマイナスにしかならない。黒豆を一度でも煮た人間ならわかると思う。時間がかかる料理なので、素材がみつからないかもという時の絶望感と焦りは想像するだけで胃が痛い。海の上だから買いにもいけないし。刻々と流れていく時間、青い波を眺めながらカツ代さんは何を思っていたのだろう。もちろん、誰しも失敗はある。それは仕方ないが、私がどうしてもひっかかるのが、このエピソードを含めた伝記の執筆者が中原さん本人だということである。黒豆や肉じゃがについてこの二週間、もんもんとし続け、次第に考えがまとまってきた。私は、近現代史を学びはじめて、これと似たことがずっと繰り返されているのを知っている。

明るくて、度胸があって、自ら企画立案できるエンターテイナー気質の女性スターというものが、歴史には稀に現れる。彼女たちは天性の勘があり、ただそこにいるだけで人を惹きつけ、本人に自覚がなくてもこれまでの時代のルールを変えてしまうパイオニアだ。そんな彼女たちと仕事で組むことで名前をあげたり、彼女たち亡きあとその功績を語って賞賛されるのが、男性であることはとても多い。


たとえば、生前の林芙美子をよく知る菊田一夫は彼女の生涯を描いた戯曲「放浪記」でその名を不動にするわけだが、「芙美子は死ぬまで手に入らない安らぎを追い求めた孤独で哀れな女」という一面的な描き方に、私ははなはだ疑問が残っている。最近も似たことは多く起きている。さる男性監督のプロレス映画に出演したゆりやんレトリィバァさんが、明らかに杜撰な指導のせいで怪我を負い、誰もがゆりやんさんに同情したが、なぜか彼女が謝罪していた。これはちょっと違うかもしれないが、南海キャンディーズの山里さんが自ら惚れ込んで声をかけた相方のしずちゃんさんの人気に嫉妬し、結果彼女を追い込んでしまった話をバラエティで披露した時、彼は心からの懺悔のつもりだったようだが、私はドン引きしてしまったのである。そういえば、田嶋陽子さんの功績を取材した時も、当時のマスコミや男性文化人の言動を聞いて、私はあっけにとられたのだ。


ここで忘れてはいけないのも、あくまでもどの企画も作品も番組も、一人のスター女性ありきで始まっているものでありながら、肝心の彼女へのリスペクトもケアもあまり感じられないことである。なんだったら、その圧倒的才能に、周囲がちょっとイラッとしている節さえあり、やつあたりしていないか、と感じる時がある。林芙美子に関してはちょっとわからないが、ゆりやんもしずちゃんも田嶋先生もカツ代さんも心が広いのか、あまり気にしていないし、仕事仲間として彼らに恩義やリスペクトを感じているようだから、外野の私が騒ぎ立てることではないのかもしれない。ゆりやん主演のプロレス映画も南キャンの活躍も私は結局、楽しみにするとも思う。

しかし、カツ代さんの強火調理は私に気づきを与えてしまった。もはやこれ、煮物につかう火力のそれじゃないよね、その上、この後蓋までして大丈夫なのか…と及び腰になりつつ、カツ代さんレシピの「ガーッと筑前煮」を仕上げながら、私のファイヤーもブーストし続けた。

カツ代さんのメディアへの露出が増え始めた70年代は、今より働く女性がずっと少ない時代だ。家庭料理の研究家だったというだけで、内心カツ代さんをナメながらもその人気に便乗しようとした男性の仕事関係者は実際、とても多かったのだろうと予想がつく。
ああ、そう、そう、そうなんだよ。圧倒的求心力がある旬の女性に群がってきて、自分から声をかけてきたくせに「●●さんのパワーに圧倒されてタジタジ(笑)」とかナメたコミュニケーションをとりながら、彼女がいないところでは周囲に仲のよさをアピールし、自分らは何一つ差し出さず、最大限恩恵にあずかろうとする。 だけど、内心嫉妬心、もしくは大衆にウケてることへの無意識の見下しがあるから、一緒にやる仕事に対してはどっか人事気味で、だから当然デカいミスが起きたりする。で、スター女性一人が矢面に立たされる。目に浮かぶ! じゃあ、最初から依頼しなきゃいいのにさ!

たった一つ、スッキリさせてくれる事実があるとすれば、カツ代さんはいちいちこれらの件を流さず、相当怒っていたということだ。仕事相手と喧嘩は日常茶飯事だったらしい。家事に協力的とはいえなかった夫・小林氏への腹立ちも隠すことはなかった。息子のケンタロウさんが「カツ代ちゃんは負けず嫌いだなあ」と言っていたらしいし、本田さんもカツ代さんがカッとなりやすい性分であることを認めている。ただし、彼女の怒りはいつも理不尽なことのみに向けられ、「喧嘩はいつもケセラセラ」と決して持ち越さなかったそうだ。負の感情でどうにかなりそうな時、カツ代さんは手を動かしていたらしい。よく深夜、パンをこねていたと、本田さんは語る。実際エッセイにも、腹の虫が治まらない時に作るバターパンのレシピが紹介されている。焼きあがったパンはいわずもがな、とても美味しかったらしい。

怒りをないことにせず、言葉だったり、なんならパンという形にして、むしゃむしゃ食べていたカツ代さんを思うと、胸が熱くなる。女性の社会進出に絶対反対という人はさすがにもうほとんどいないと信じたいが、ここぞの大勝負に勝とうとしゃかりきになる女性にいまだ社会は冷淡だ。結局、男のルールの中で認められたいだけで、権威主義ではないか、と意地悪な視線も浴びせられる。でも、忘れて欲しくないのは、カツ代さんは向こうからきた依頼を受け、その仕事を全力で成功させようと、常に最善を尽くしただけだ。その名の通り、彼女は売られた戦いにのみ挑み、真っ向勝負でちゃんと勝ってきただけなのだ。その向こうにいる、家事の前に立ちすくむたくさんの女性たちを、きっと思い浮かべながら。黒豆がないなら、じゃがいもと肉はあるか、と機転を利かせたカツ代さん、そこにあるのは功名心ではなく、自分の料理を楽しみにしている乗客たちへの思いやりと責任感だ。

さて、筑前煮は、強火と怒りで仕上げたとは思えないほど、優しく滋味あふれる味わいだったことは忘れずに書いておきたい。

今回の小林カツ代さんレシピ

※『「うまい!」は時代を超える 小林カツ代の伝説レシピ』(家の光協会)より引用

昔ながらの筑前煮。いわゆるいりどりです。先に野菜を下ゆでしてから、調味料でガ~ッと手早く煮るのがカツ代流。

『ガーッと筑前煮』のレシピ

材料(4人分)
鶏もも肉……1枚(250g)
干ししいたけ……4~5枚
ごぼう……1本(200g)
れんこん……1節
にんじん……1本
こんにゃく……1枚
(それぞれ200~250gが目安)
ごま油……小さじ1

A
 しょうゆ……大さじ2
  酒……大さじ2
 砂糖……小さじ2

しいたけのもどし汁(または水)……1と1/2カップ

【カツ代ロジック】
おいしさと時間、どちらも考慮すると、この作り方に落ち着きました。干ししいたけ以外の野菜をゆでるという下ごしらえで、短時間で味がしみ込みやすくなります。鶏肉も下ゆですると余分な脂が抜けて、冷めてもおいしい。

作り方
(1) 干ししいたけは水かぬるま湯に浸してやわらかくもどし、軸を除いて4つに切る。
(2) ごぼうは皮をよく洗い、一口大の乱切りにする。れんこん、にんじんは皮をむいて、ごぼうと同様に乱切りにする。こんにゃくはスプーンで一口大にこそげる。
(3) 鶏肉は厚みのあるところにスッスッと切り目を入れ、黄色い脂を除いて一口大に切る。
(4) 鍋にごぼうとれんこんを入れ、水をヒタヒタに加えて火にかけ、5分ゆでる(かたいごぼう、れんこんは水から入れて下ゆでする)。フツフツしてきたら、こんにゃく、にんじんを加え、再びフツフツしてきたら鶏肉を加え、肉の表面の色が変わったら、ざるに上げて水けをきる
(5)  鍋にごま油を熱し、しいたけを入れて焼きつけるように炒め、Aを加えて中火でサッと煮る。(4)の下ゆでした材料を加え、さらにしいたけのもどし汁または水を加え、ふたをして強めの中火でガーッと10分くらい煮る。
(6)  ふたを取って、下のほうから混ぜて汁けをとばし(空気に触れさせるように下から混ぜると、水分がよくとび、つややかに仕上がる)、つやよく仕上がったら火を止める。


次回は7/22(土)更新! お楽しみに。


柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『オール・ノット』など多数。 毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子

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