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柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

【柚木麻子連載】辻静雄×小林カツ代×ホルトハウス房子のフルコースで友人をもてなしてみた。

2025.04.26

ホルトハウス房子さんのショートケーキ

第24回  辻静雄×小林カツ代×ホルトハウス房子のフルコースで友人をもてなしてみた。


海外のエージェントの一言がきっかけで私も始めた、インスタグラム。SNSは好きでも、写真を撮るのが苦手なので、最初は恐る恐るだったが、世界中の読者さんが、拙著の読書会の様子、作中の再現レシピの投稿をしてくれるのを今や毎日楽しみに眺めている。

仕事と関係ないトピックだと、日常のお料理情報を発信してくれるアカウントが住んでいる国やフォロワー数によらず好きなのだが、中でも、本格フルコースを家族や友達や恋人のために作っている方がたまにいて、本人も周りもワクワクしているのが伝わってくる。すぐに真似してみたくなった。
前菜、スープ、魚料理、ソルベ、肉料理、デザートが、家庭での再現としては一般的らしい。メニューを手書きして、テーブルセッティングも完璧、お花も飾って、照れずに挑むのがポイントだ。
フルコースというと気負ってしまうが、カツ代さんのレシピをちょこちょこと交えれば、そんなに大変じゃないかも、と閃いたら、楽しくなってきた。
カツ代さんはエスニックレストランが流行っていた時代、まだまだナンプラーも出回っていない中、アンチョビを駆使するなどしてうちにあるものでも作れるよ、とハードルを下げてくれたのを始まりに、世界各国の味を身近なものにした家庭料理グローバル化の功労者だ。調べるとフランス家庭料理のレシピもかなりある。中でも「パリかぶれ」のOさんが教えてくれた「パリ風ステーキ」が、エピソード含めて面白い(カツ代さんのレシピを眺めていると、友達から教わったものがかなりある)。付け合わせもクレソンだけだし、これをメインの肉料理としたら、話はいきなり簡単になってくる。

さて、本連載を続けているメリットの一つとして、カツ代さんの時代を知る方たちからの情報提供というものがある。お友達のおばさまが、当時のお料理業界を支えた生き字引なのだが、「ご興味があれば……」と、昭和40年代に出版された辻調理師専門学校創設者・辻静雄さんレシピの、改訂版(新潮社)を2冊くださった。辻さんご本人が後書きで、工程が難しすぎるためか全く売れず、以降、料理本は書かないことにした、と綴るくらい、確かに改訂版でさえも、本気中の本気なクラシカルレシピだ。読み物としてはすこぶる面白いが、これよりさらに難しい改訂前って誰が作るんだ? な内容でもある。この中の一品は、メイン料理で是非ともチャレンジし、お友達のおばさまに「作ってみました」報告がしたい。
最後に、インスタグラムをはじめてからというもの、ずっと気になっているお菓子がある。ごく一部の人だけがこの季節になると投稿する、ホルトハウス房子さんの鎌倉のお店「ハウス オブ フレーバーズ」のクラシックなショートケーキだ。スコーンのような焼き立てビスケット生地をフレッシュないちごソースと生クリームで浸しながら食べるものらしい。冷めてもダメ、浸りすぎてもダメで、その場限りの特別な味わいだそうだ。「ハウス オブ フレーバーズ」から直に招待状が届くレベルのメンバーにならないとありつけないらしい。いいな、食べてみたいなあ、とずっと思っていたら、なんと最近、古本屋さんで買った、ホルトハウス房子さんの昭和55年発行『ホルトハウス房子のくだもので作るお菓子』(女子栄養大学出版部)に、同様のレシピ発見! これは絶対作ってみるしかないと思っていたので、こちらもチャレンジすることになる。
以上を踏まえて、決定したメニューである。

メニュー

前菜
えびとクレソン、ルッコラのブーケサラダ ~いちごドレッシング 根岸規雄『ホテルオークラ元総料理長のわが家でプロの味』より~

スープ
小林カツ代さんの「本格コンソメスープ」

魚料理
鮭のスフレ ~辻静雄『家庭のフランス料理』より~

肉料理
小林カツ代さんの「パリ風ステーキ」

ソルベ
小林カツ代さんの「柚子シャーベット」

デザート
オールドファッションド ストロベリーショートケーキ ~ホルトハウス房子『ホルトハウス房子のくだもので作るお菓子』より~
お馴染み親友・A子ちゃんを招待し、子連れでやってくることになった。
1週間前くらいから、当日の流れを頭で組み立て続けた。
まず、鮭のスフレとショートケーキは、全く味の正解がわからない、レシピの写真だけが頼りだが、カツ代レシピが3品もあるのだから、全体で大失敗ということにはならなそうだ。
コンソメスープはすでに作ったことがあるし(過去回参照)、作り置きができるので2日前に仕上げておく。前菜のサラダはドレッシングさえ作っておけば、当日は5分くらいで仕上げられる。パリ風ステーキは焼いた赤身肉にきのこクリームソースをかけるだけ。ショートケーキにかけるいちごソース、柚子シャーベットも比較的気楽に、前日に仕込んだ。

日付が変わってから、一番難しそうな「鮭のスフレ」にぶっつけ本番で手をつける。ジャガイモを茹で、裏漉しし、バター、生クリーム、ナツメグで味付け。生の鮭の骨(うちは夫が魚の皮が嫌いなので皮も)を取り除き、白ワインと魚の出し汁少々(辻静雄さんはちゃんとレシピを書かれていたが、直前まで忘れていたので、ナンプラーを溶かしたお湯で代用)でさっと茹で、鮭を引きあげたら、残りの煮汁をさらに煮詰め、小麦粉、バター、生クリームで白いソースにして、それをまた漉して……。ずっと手を動かしているうちに、頭がぼうっとしてくる。パーツを組み立てて最後に合体するタイプの本格レシピを作っていると、いつもこの境地が訪れるのだが、「あれ、私、今、何しているんだっけ?」と、巨大な宇宙に対峙する自分ただ一人の身体性を実感することになる。はっと気づけば深夜2時。スタートが遅いのがいけないのだが、慌てて、グラタン皿にマッシュポテトと鮭を敷き詰める。あとは、スフレ生地で覆って焼き上げれば、完成だ。

そして迎えた当日朝、部屋を片付けてから、いちごのショートケーキに取り掛かる。ベーキングパウダーが心配なくらいたくさん入り、生クリームを最後に加える、スコーンとビスケットの中間のような質感の生地である。コップを使って、大小丸く抜き、すぐ焼けるようにクッキングシートに包んで、冷蔵庫に入れておく。
いよいよ、スフレ生地に取り掛かる。卵2個を卵黄と卵白に分け、卵黄は温かいブールブランソースとグリュイエールチーズを加えるところまでやっておいて、卵白の泡立ては、コースが始まったら取り掛かることにする。

そして、A子ちゃんとそのお子さんがやってきた。
本連載以降、人を呼ぶのが全く苦ではなくなったと書いたが、それだけではなく、誰かが来るとなると、私も夫も子もやる気になって、部屋が綺麗になるのがありがたい。うちは普段、ありえないくらい散らかっているので、お客様の来訪はむしろ助かる。いつになく広々とした部屋で、子供達には唐揚げと白ごはんを与えておいて珍しく花を飾りクロスをかけたテーブルからできるだけ遠ざける。まずはうやうやしく夫とA子ちゃんに手書きメニューを……。

スタートはえびとクレソン、ルッコラのブーケサラダから。
「このいちごのドレッシング、美味しい。私も作ってみたい」というA子ちゃんのいつもながらフレッシュな反応が嬉しい。酸味のあるいちごに葉物野菜がよく合う。夫とA子ちゃんが吉野桜の話をしている隙にメレンゲを仕上げ、卵黄ソースと混ぜ、深夜に仕上げたポテトと鮭のグラタン皿を覆い、あらかじめ熱したオーブンへ。

歴史だか地理の話を始めた夫がサラダを前にグズグズしているので、なかなかコンソメスープが出せず、ついつい「早く食べてくれませんか」とイラついた声をあげてしまう。夫を突き飛ばす勢いで並べたコンソメ皿だが「上品な味」「ほっとする」と二人から笑顔を引き出す。
しまった、二人がコンソメを飲み終わる前に、スフレが焼き上がってしまった! 萎む前に絶対食べてもらいたいから、コンソメがまだあるのに、どんとスフレとソース皿を置いてしまう。優雅な雰囲気はたちまち崩れつつあるが、この鮭のスフレ、頑張っただけあり、A子ちゃんは「すごく美味しい」、夫も「毎日食べたい。味がレイヤーになっていて全く飽きない」と大絶賛である。ここまで私はずっとキッチンとテーブルを行ったり来たりしていたのだが、ここからはテーブルにちゃんと着いた。トロトロでふわふわ、まろやかな魚のソースがかかった、ポテトと鮭とスフレが混然となった一皿に満足する。春らしいロゼワインにもピッタリ。緊張感が消えた私は再びキッチンへ。
カツ代さんのパリ風ステーキをささっと仕上げ、続いて爽やかな柚子シャーベットを出すと、もう成功を確信したようなもの。温めたオーブンに生地を放り込み、さっくり仕上げたあたたかなビスケットをいちごソースと生クリームで彩ると、大好評だった。甘酸っぱさと香ばしさ、歯触りの良さに、これはこの味が正解と確信した。
よくよく振り返ってみれば、慌てたのはコンソメ→スフレのタイミングだけで、カツ代さんの安心感のあるミニマムレシピが要所要所に入ってくれたおかげで、私も楽しめたし、何しろおうちでのフルコース料理はリラックス感があり、味に集中できる。お皿がすぐ足りなくなるものの、その分、高速で皿洗いをして追いかければ、終わった後の洗い物が減る。A子ちゃんが私に甘くて褒めてくれるのはいつものことだが、いつも反応が薄い夫がえらく感動し、「こんなに昔の本を再現する人は珍しい。貴重な体験ができた」と感じ入っているので、私もいい気分である。実を言うと、今、辻静雄レシピをどんどん作りたくてたまらないターンに入っているのだが、その時は絶対にカツ代さんレシピを交えながら作るのが、必須だな、と感じている。

次は夏のフルコースだ。

今回紹介したカツ代さんレシピ

※「KATSUYOレシピ」より一部引用

「パリかぶれの友人から教わったステーキです。コクのあるソースが美味しさの特徴です。」


『パリ風ステーキ』のレシピ 

材料(4人分)
牛ステーキ肉……4枚
塩・胡椒……各適量

モリーユ又は干し椎茸……12個又は8枚
サラダ油……小さじ1
バター……大さじ1
白ワイン……大さじ1
生クリーム……1/2カップ(100ml)
塩……適量

クレソン……適量
揚げポテト……適量


作り方
(1)きのこはヒタヒタのぬるま湯か水で10~30分もどし、食べやすく刻む。
(2)ステーキ肉は塩・胡椒少々を全体に振っておく。つけ合わせは用意して、皿に盛り付けておく。
(3)フライパンを十分熱し、油をひいて、ステーキ肉を強火でミディアムレアで、両面ソテーする。
器に盛り付ける。
(4)フライパンの中をさっときれいにして、バターで戻した干しきのこを中火で炒める。
(5)熱々になったら、白ワインを加えて、弱火にして、生クリームを加え味をみて、塩で調える。すぐに肉の上にきのこごとかける。

POINT 肉はソースが生クリームを使ったコクのあるものなので、サシの入ってない赤身、ヒレ、ランプなどの部位がむいています。つけ合わせは、あるもので。
POINT クレソンの他に、茹でたブロッコリーや、いんげんなど。ほうれん草のソテーもよく合います。あるもので工夫しましょう。
POINT カロリー、塩分量は干し椎茸で計算しています。

「さっぱり爽快の大人だけのシャーベット。口の中でフワッと消える。」


『柚子シャーベット』のレシピ 

材料(8人分)
柚子(夏は生姜)……中1個(生姜ならひとかけ)
水……2カップ
白ワイン(生姜の時はラム酒)……大さじ1
卵白……1個
粉糖……大さじ4~6

作り方
(1)柚子は皮をすりおろしてから横2つに切り、汁を絞る。種が多いので頑張って除くか、茶こしなどで濾しておく。
(2)ボウルに分量の水、白ワイン、すりおろした柚子の皮、絞り汁を混ぜ合わせておく。
(3)別のボウルに卵白を入れて泡立て、粉糖を加えて真っ白にフワフワに泡立てる。
(4)(3)卵白に(2)を加えて手早くさっくり混ぜ、耐熱容器に流し入れて冷凍庫で3~4時間冷やし固める。
※途中で2回ほど空気を入れる様に全体を混ぜる。
(5)
凍ったら、スプーンで削りとって器に盛りつける。

POINT 鍋を楽しんだポカポカの食後に、こんなシャーベットを少し食べる贅沢はいかがでしょう?暖かい部屋で食べる冬のデザートとしておすすめです。
POINT 器はステンレスなどが早く冷たくなるのでむいている。

「透明な黄金色のスープなら大成功!!スープを決して煮立てないように要注意!」


『本格コンソメスープ』のレシピ 

材料(6人分)
牛すね肉……400~500g
玉葱……1/2個
人参……1/2本(80~100g)
水……14カップ
セロリの葉……2本分
パセリの軸……1~2本
ローリエ……1枚

塩……少々


作り方
(1)牛すね肉は熱湯で下茹でし、表面が白くなったら引き上げる。
玉葱と人参は大きくザクザクと切る。
(2)大きな鍋に全ての材料を入れて強火にかける。
(3)フツフツと煮立ってきたら弱火にして、表面がフツフツと波打つ位の火加減で2~3時間煮込む。
出てきたアクは時々丁寧に取り除く。
(4)肉と野菜を取り出し、キッチンペーパーでこし、塩、こしょう(各分量外)で味を調える。
冷まして冷蔵庫にひと晩おき、翌日表面に浮いた白い脂を取り除くとより上品な仕上がりに。

POINT 透明な黄金色のコンソメスープに仕上げるには、スープをボコボコと沸騰させないことが重要。はじめに強火にかけて、煮立つまではいつでも弱火に出来る様に近くで見守りながら過ごして下さいね。
POINT 蓋をしてもいいのですが、少しずらしてのせましょう。ピッチりと蓋をして煮込むと、せっかくのスープがドスンと濁り、味が曇ってしまいます。


次回は5/24(土)更新! お楽しみに。
柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『あいにくあんたのためじゃない』など多数。 毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子

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