close

レシピ検索 レシピ検索
オレンジページ40周年描きおろしエッセイ
創刊40周年を記念し、オレぺゆかりの豪華作家4名が描き下ろしエッセイを寄稿。4・5・6・7月の毎月17日に1編ずつ『オレンジページnet』で限定公開。お楽しみに!

くどうれいん×オレンジぺージ創刊40周年記念書きおろしエッセイ/肉団子だけは

2025.04.17

くどうれいんさん作・城戸崎愛さんの「肉だんご」

くどうれいん

肉団子だけは

肉団子だけは、手作りがいちばんおいしい。不意に肉団子が食べたいと思うとき、わたしにとってその「肉団子」とは『オレンジページ』のレシピで作った肉団子のことだ。

母は『オレンジページ』の愛読者だった。お便りコーナーへもよく投稿していて、『オレンジページ』の緑のトートバッグをくたくたになるまで大事に使っていた。『オレンジページ』で料理を覚えた母は、自分の定番レシピとなっているものは雑誌からきれいにそのページを切り離し、これまた『オレンジページ』のファイルに綴じていた(当時の『オレンジページ』のグッズだったらしい)。中華、和食、洋食、おやつと4冊に分けてファイリングされていて、眺めるだけでもとてもわくわくした。わたしが中学生のときはレシピサイトと呼ばれるものはぎりぎり黎明期であり、まだまだ料理は料理本で、という時代に料理をはじめられたことは、いまとなってはとても豊かなことだったと思う。中学生で料理の楽しさに目覚めたわたしは、何か作りたいものがあるとそのスクラップブックをめくった。スクラップブックは背表紙を超えるほど膨らんで辞書のように思えて、捲っていると魔女が呪文を選んでいるようでうれしい。何度も作ったページは水や油で濡れてぱりぱりと音を立てる。母が作った記録とわたしのこれから作ろうとする料理が重なるようで、手に取るたびにとても不思議な心地がした。

わたしからすると料理上手で誇らしい母なのだけれど、実は、母が自分を「料理好き」と言っているところを聞いたことがない。母にとって料理とは主婦としてこなさなければならない仕事としての側面が大きかったらしい。毎朝早起きしてお弁当を作り、おいしい食卓を用意し続けてくれていても、母はいまだに料理は別に好きではないというスタンスを崩さない。料理が好きではなかったのだとしたら、やはりそれを続けてくれたということは愛であると思う。自分が結婚してから、より母の偉大さを知ることばかりである。わたしはおいしいものを作る母が料理を決して趣味ではなく生活のあたりまえの営みとして行っていた姿を、それはそれでとてもかっこいいものとして感じていた。母にとって、『オレンジページ』が助けになっていたことは間違いない。

学校から帰ってお腹がすいて、両親が帰ってくるまで待つなんて無理! と思うほどの、食べ盛りの夕方。帰宅を待つ間にわたしが夕飯を作りだすようになるのは自然な流れだった。炒飯、オムライス、親子丼。それに、お味噌汁か中華風卵スープを添える。それが自炊をはじめたばかりのわたしの作る料理の定番だった。炊けたご飯があればワンプレートで完結する料理から先に覚えて、次第にほかのものも作りたくなってきたころ、肉団子にチャレンジした。昔、祖母がよく買ってきたお惣菜やさんの肉団子が好きだったのだ。ハンバーグでもつくねでもなく、その日は無性に肉団子が食べたかった。わたしはスクラップブックを取り出して捲ると、あった。そのページの記憶はもはや曖昧だが、大皿に盛られた肉団子の黒く輝く照りに、口の中いっぱいに唾液がこみ上げてきたことはいまでも思い出せる。こんなにおいしそうな肉団子を作ることが出来たら、かっこいい。とてもそう思った。当時からちょっとでも「覚えた!」と思ったらろくにレシピを見ずに進めてしまうようなせっかちな性格だったけれど、これはバレンタインに挑戦するお菓子のように、ちゃんと言われた通りに作らなければならないような気がした。

肉団子は一度油で揚げて、そのあとに甘酢あんを作り、それを最後に合わせなければいけない。知識としてなんとなく想像できてはいたものの、いざ自分で作ってみようとするとこんなに大変なのかと驚いた。ボウル何個使うの、鍋何個使うの。レシピに書いてある通りに材料と調味料を用意すると、それだけであっという間に台所は窮屈になり、大さじも小さじも計量カップもボウルも汚れ、料理って大仕事じゃないか! と途方に暮れかけたが、それ以上に目の前のひき肉がみるみると肉団子然としてゆくのがたのしかった。しょうが汁をひき肉と混ぜ合わせると、こんなにも(今夜は中華だ!)という香りになること。肉だねに水を入れるとふわふわになること。甘酢あんには結構な量の砂糖を使うこと。(ほう!)(ほうほう!)とわたしは何度もうなったりうなずいたりした。母が揚げ物のときに春雨を揚げてぶわわっと白い鳥の巣のようにするのが好きだったので、見よう見まねで春雨も揚げた。咲くようにまたたくまに広がる春雨を眺めながら、魔法使いになったような心地がした。このエッセイを書くために母に尋ねてみたら、春雨を揚げるとたのしくておいしいということもまた、『オレンジページ』から学んだらしい。

出来上がりが待ちきれず、素揚げの肉団子を割って完璧な火の通り具合を確認したそれをひょいっと摘まんだときの、はふはふと言いながら「うま」と思わず漏れた声。すごい、わたしいま、本当に肉団子を作っているんだ! とうれしくてたまらなかった。あんを絡めながら「あらま~」と声が出て、お皿に盛ったらすっかりお店のようだった。これまた味見と言い訳をして、出来立てを立ったまま一個食べた。うんまい。自分で作った肉団子は、好きだったお惣菜やさんの肉団子よりも、さらに数倍もおいしいような気がした。ふんわりしつつも、前歯をかるく押し返してくるような肉団子のかりっとした食感、それでいて噛み締めるとふわふわじゅんわりとうまみがあふれてきて、そこに酸味の効いたあんが完璧にマッチする。どうしよう、わたし、肉団子作れちゃったよ。炒飯も親子丼も得意なのに、肉団子まで作れちゃうなんてすごいんじゃない。誰にも負けないと思うほど得意なことや熱中したいことがまだ見つかっていなかった十代前半の自分にとって、その夜に肉団子を作ったという記憶が塔のような自信になってわたしを照らした。もっといろんなものを作ってみたいとすぐに思った。

その日は水菜のサラダと卵スープも作った。みんな早く帰ってこないかな。一刻も早くこの肉団子を食べてほしかった。完成した肉団子は母からも好評で、おいしいおいしいと言う母にそうでしょうそうでしょうと身を乗り出した。ひどいことになっている台所の流し場を見て「お皿を洗うところまでが料理だよ」と怒られたことも含めて、はじめて作った肉団子はとても思い出深い。『オレンジページ』と言われると、だからわたしはまず肉団子のことを思い浮かべる。
こねるごとにたねがどんどん弾力を持って、むちむちふわふわ。


撮影/表 萌々花

くどう れいん

作家。1994 年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。著書にエッセイ『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD)、『コーヒーにミルクを入れるような愛』(講談社)、『うたうおばけ』(講談社文庫)、『桃を煮るひと』(ミシマ社)など。中編小説『氷柱の声』が第165回芥川賞候補に。3月に待望の食エッセイ『湯気を食べる』(小社)が発売されたばかり。

他のエッセイを読む>>
次回エッセイは5/17(土)更新、山内マリコさん『謎解きオレンジページ』です。お楽しみに!

関連タグでほかの記事を見る

SHARE

TOPICSあなたにオススメの記事

記事検索

SPECIAL TOPICS


RECIPE RANKING 人気のレシピ

PRESENT プレゼント

応募期間 
4/30~5/20

ロゼット洗顔パスタ・hadatore ピールマスク 【メンバーズ限定プレゼント】

  • #美容

Check!