
こんにちは。ふだんは雑誌『オレンジページ』で料理ページを担当している編集マツコです。今はアルコール提供を自粛しているお店が多く、外食で安心してお酒を楽しめるのはしばらく先になりそう。だから、この映画を見てまず思ったのは、大っぴらにみんなでアルコールをエンジョイしているのがうらやましいということ(笑)。「血中のアルコール濃度を0.05%に保つというおじさんたちの実験」という内容を知って、どんなコメディなのかと思っていたら、なんのなんの、人生の酸いも甘いも知った大人たちのビターで切ない応援ストーリーでした。主演のマッツ・ミケルセンさん目当てで見たのですが、いろいろな意味でお酒が話題の昨今、タイムリーな映画ですねえ。

「北欧の至宝」という、聞くだけでこそばゆい称号を得ているマッツ・ミケルセンさん。確かにそう呼びたくなる、素敵な俳優さんですよね。そんなマッツさんが「さえない高校教師」を演じられるのか……? という心配は杞憂に終わりました。本当にさえなかった! 高校で教鞭を取るマーティン(マッツ・ミケルセン)は、担当である歴史の授業はなんだか投げやり?適当?で、生徒ばかりでなく保護者からも抗議を受けてしまう。家庭では妻と2人の子どもたちとうまくコミュニケーションが取れず、いわゆる中年の危機に国境はないんだなあと妙に納得しました。
ある日、同じ高校で働く3人の教師仲間と集まるマーティン。仲間の誕生会だというのに酒も飲まずにいる彼に対し、心理学教師のニコライ(マグナス・ミラン)が話したのは、ノルウェー人哲学者フィン・スコルドゥールが提唱する「人間は血中のアルコール濃度を0.05%にキープすることでリラックス状態になり、やる気や自信がみなぎって人生が向上する」という論説でした。仲間に促されて酒を口にしたマーティンは、久々によい気持ちに。次の日から、この理論が本当なのかを検証することにしたのです……!

さえない生活を送っていたマーティンがお酒の力を借りて、少しずつ自信を取り戻していく過程は見ていてここちよい。ちょっとしたことで人生が上向きになる、という展開は誰もが求めていることですから。歴史の授業が急に面白くなって生徒たちは大満足だし、妻アニカ(マリア・ボネヴィー)との関係も良好に。
でもね、検証を続けるマーティンや仲間たちを見ているうちにどんどん切なくなってきちゃいます。だって、この検証の結果は初めから分かっていることだから。アルコールの力で人生が向上するわけないんですよね。案の定、0.05%からどんどん数字上げちゃってるし……。チャーチルとかヘミングウェイがお酒をこよなく愛していたことを引き合いに出すとか、完全にアル中の入り口だし……。それでも、この映画は人生を肯定していると思うんですね。ただし、「人生素晴らしいぜ」っていうのではなく、悲しいことはたくさんあって「それでも生きていこうよ」的な。そういう意味で、決してお酒好きだけが楽しめる映画ではないのです。

それにしても、お酒を楽しむ時間を共有し、おバカな実験に付き合ってくれる仲間が職場に3人もいるってめちゃめちゃ幸せじゃないですか? 途中からそんな風に思っていました。そういう幸せを人は見過ごしてしまうのかもしれません。
元ダンサーだったというマッツ・ミケルセンさん。映画の中でも踊ります。切なく美しく、素晴らしいシーンですので、ぜひ映画館の大画面で。
『アナザーラウンド』新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほか全国公開
配給:クロックワークス
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